こんにちは。愛知県安城市の歯医者、せきれい歯科クリニック 院長の太田 彰です。
インプラント治療は、失った歯の機能を取り戻すための優れた選択肢ですが、外科手術を伴うため、患者様の全身の健康状態が、治療の可否に大きく影響します。特に、糖尿病の持病をお持ちの患者様からは、このような切実なご質問を数多くいただきます。
「糖尿病の持病があるのですが、インプラント治療は難しいでしょうか?血糖値のコントロールができていれば、治療は可能ですか?」
ご自身の持病が、受けたい治療の妨げになるのではないか、というご不安。そして、それでも何とか治療を受けたい、という希望のお気持ち。その両方を、私たちは日々、真摯に受け止めています。
かつては「糖尿病患者様へのインプラント治療は禁忌(行ってはならない)」とされていた時代もありました。しかし、現代の医療では、その考え方は大きく変わってきています。結論から申し上げますと、「血糖値が良好にコントロールされていれば、インプラント治療は十分に可能」です。今回は、糖尿病とインプラント治療の深い関係、そして、安全に治療を受けるための具体的な条件や、知っておくべきリスクについて、詳しく解説していきます。
目次
- なぜ糖尿病がインプラント治療に影響するのか?2つの大きな理由
- 【最重要】治療を受けるための具体的な「血糖値の基準」とは
- 安全な治療へのパスポート。「医科歯科連携」の絶対的な重要性
- 治療後も油断は禁物。糖尿病の方が特に注意すべき「インプラント周囲炎」
- 血糖コントロールは、インプラントのためだけでなく、あなたの未来のため
- まとめ
1. なぜ糖尿病がインプラント治療に影響するのか?2つの大きな理由
まず、なぜ糖尿病がインプラント治療において、特別な配慮が必要となるのか、その医学的な理由からご説明します。血糖値が高い状態が続くと、私たちの体には主に2つの大きな問題が生じます。これが、インプラント治療の成功を妨げる直接的な原因となります。
- 理由①:免疫力の低下による「易感染性(いかんせんせい)」 血糖値が高いと、細菌と戦う白血球の機能が低下し、体全体の免疫力が落ちてしまいます。そのため、通常であれば問題にならないような僅かな細菌にも感染しやすくなり、一度感染すると、炎症が重症化しやすくなります。インプラントは外科手術ですので、手術後の傷口から細菌が感染するリスクはゼロではありません。糖尿病の方は、この術後感染のリスクが、健康な方に比べて格段に高くなってしまうのです。
- 理由②:創傷治癒能力の低下 高血糖の状態は、血管の壁を傷つけ、血流を悪化させます。インプラント治療の成功は、手術後に、傷が速やかに治り、インプラントと顎の骨がしっかりと結合すること(オッセオインテグレーション)にかかっています。しかし、血流が悪化すると、傷を治すために必要な酸素や栄養素が、手術部位に十分に行き渡らなくなります。その結果、傷の治りが遅れたり、最悪の場合、インプラントと骨が結合しない「インテグレーション不全」という、治療の失敗に繋がってしまうリスクが高まるのです。
2. 【最重要】治療を受けるための具体的な「血糖値の基準」とは
「血糖値のコントロールができていれば可能」と申し上げましたが、では、具体的にどのくらいの数値であれば「コントロール良好」と判断されるのでしょうか。 インプラント治療の可否を判断する上で、私たちが最も重要視する指標が「HbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー)」の値です。
HbA1cは、過去1~2ヶ月間の血糖値の平均を反映する指標で、糖尿病のコントロール状態を判断するための、最も信頼性の高い血液検査データです。
- HbA1c 7.0%未満 この数値が、インプラント治療を安全に行うための、一つの目安となります。内科のかかりつけ医のもとで、食事療法や運動療法、お薬の服用などによって、このレベルで血糖値が安定してコントロールされていることが、治療を受けるための大きな条件です。
- HbA1c 8.0%以上 この数値を超えてくると、前述した「易感染性」や「創傷治癒不全」のリスクが非常に高くなるため、原則として、インプラント治療は推奨されません。 まずは、内科での治療に専念し、血糖値の改善を目指すことが最優先となります。
もちろん、これはあくまで一般的な目安です。最終的な判断は、HbA1cの値だけでなく、患者様の年齢や、他の合併症の有無、そして何よりも、かかりつけ医の専門的な見解を総合して、慎重に下されます。
3. 安全な治療へのパスポート。「医科歯科連携」の絶対的な重要性
糖尿病の持病をお持ちの患者様のインプラント治療を、安全に成功させるための鍵。それは、かかりつけの内科医と、私たち歯科医師との、緊密な「医科歯科連携」に尽きます。
私たちは、インプラントの治療計画を立てる前に、必ず、かかりつけ医の先生に「診療情報提供書(紹介状)」をお送りします。この中で、患者様の現在の糖尿病のコントロール状態や、服用されているお薬の内容、そして「これからインプラントという外科手術を行いたいが、医学的に問題はないか」という点について、専門的な意見を伺います。
かかりつけ医の先生から、「現在の血糖コントロール状態であれば、手術は問題ないでしょう」「手術に際しては、こういう点に注意してください」といったお墨付きをいただいて、初めて、私たちは具体的な手術の準備に進むことができます。この、お体の専門家である内科医との連携こそが、あなたの安全を守るための、最も重要なパスポートなのです。
4. 治療後も油断は禁物。糖尿病の方が特に注意すべき「インプラント周囲炎」
無事にインプラント治療が成功した後も、糖尿病をお持ちの方は、特別な注意が必要です。それは、インプラントの歯周病である「インプラント周囲炎」のリスクが、健康な方に比べて非常に高い、という事実です。
インプラント周囲炎も、細菌感染によって起こる病気です。糖尿病による免疫力の低下は、この病気の発症と進行を、強力に後押ししてしまいます。せっかく手に入れたインプラントを、数年で失ってしまうことのないよう、治療後も、
- 良好な血糖コントロールを、生涯にわたって維持し続けること
- 毎日の徹底したセルフケア(歯磨き)を実践すること
- 3ヶ月に1回程度の、歯科医院での定期的なプロフェッショナルメンテナンスを欠かさないこと
この3つの約束を、固く守っていただく必要があります。
5. 血糖コントロールは、インプラントのためだけでなく、あなたの未来のため
ここまで、糖尿病とインプラント治療の、厳しい関係性についてお話ししてきました。しかし、これは決して、あなたを怖がらせるためではありません。むしろ、インプラント治療は、あなたがご自身の健康と、より深く向き合うための、素晴らしい「きっかけ」になり得ると、私は考えています。
「このインプラントを成功させ、長く使い続けたい」 「失った歯を取り戻し、これからの人生、もっと食事を楽しみたい」
その強い想いが、これまで以上に熱心に血糖コントロールに取り組むための、大きなモチベーションになるかもしれません。良好な血糖コントロールは、インプラントのためだけでなく、糖尿病の様々な合併症(網膜症、腎症、神経障害など)を防ぎ、あなたの未来の健康そのものを守ることに、直接繋がっているのです。
6. まとめ
糖尿病とインプラント治療。その関係について、ご理解いただけましたでしょうか。
- 糖尿病の方は、「感染しやすく、傷が治りにくい」ため、インプラント治療には特別な注意が必要。
- HbA1c 7.0%未満が、安全に治療を受けられるかどうかの、一つの重要な目安。
- 治療の可否は、かかりつけの内科医との「医科歯科連携」のもとで、慎重に判断される。
- 治療後も、良好な血糖コントロールと、徹底したメンテナンスが、インプラントの寿命を左右する。
「糖尿病だから…」と、治療を諦めてしまう必要は、もうありません。大切なのは、ご自身の病状を正しく理解し、かかりつけ医の指導のもとで、血糖値を安定してコントロールすること。そして、その上で、私たちインプラントの専門家にご相談いただくことです。あなたの「噛める喜びを取り戻したい」という想いを、私たちは、安全を第一に、全力でサポートします。