安城市高棚町の全身の健康をつくる歯医者さん

〒446-0053 愛知県安城市高棚町中島147 駐車場30台分

診療時間
9:30~13:30 -
15:30~19:00 -

△:午後 14:30~18:00 
休診日:日曜・木曜・祝祭日(祝祭日週は木曜診療)

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0566-73-4188

院長プロフィール

院長からのごあいさつ

こんにちは。院長の太田 彰(おおた あきら)と申します。

お口やお体の健康状態を把握することは、長く健康を保っていく上でとても大切なこと。皆さまは、ご自分のお口やお体の状態について、どれほど深く理解されていますか?

当院では、患者さまにご自身の健康状態をきちんと把握していただくため、患者さまとのコミュニケーションを大切にした診療を行っています。

コミュニケーションを大切にしっかりとサポートします

例えば同じ虫歯でも、患者さまによって希望する治療はさまざま。時間をかけた丁寧な治療を希望する方もいらっしゃれば、なるべく早めに治してほしいという方もいらっしゃいます。そこでまず、患者さまのお悩みや治療へのご希望などのお話にしっかりと耳を傾けます。

じっくりとお聞きしてから、一人ひとりに合った治療をご提案。お口がどういう状態なのか、またどのような治療を行うのか、患者さまにご理解いただけるまで、丁寧にご説明いたします。患者さまがきちんとご自身の症状や治療内容を理解することで、治療やその後のサポートもしやすくなり、将来に渡る長い健康へと繋がるのです。

お口の健康は、全身の健康へと繋がっています。気になるお悩みや不安がありましたら、遠慮せずになんでもお気軽にご相談ください。

皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。

院長プロフィール

太田 彰(おおた あきら)

資格
  • 歯科医師
  • 歯学博士
  • 日本口腔外科学会認定医
所属

学会

  • 日本口腔外科学会
  • 日本歯周病学会
  • 国際インプラント学会
  • The Japan Institute for Advanced Dental studies Club 会員

 

経歴
  • 愛知県岡崎市生まれ
  • 愛知県立岡崎高等学校卒業
  • 広島大学歯学部歯学科卒業
  • 平成19年4月~平成21年3月 トヨタ記念病院歯科口腔外科勤務
  • 平成21年4月 広島大学大学院医歯薬学総合研究科入学
  • 平成25年3月 博士号(歯学)取得
  • 平成21年4月~平成26年3月 広島大学病院 口腔顎顔面再建外科勤務
  • 平成26年 日本口腔外科学会 認定医取得
  • 平成26年4月~医療法人つゆくさ歯科医院 勤務(平成26年10月~医局長 平成28年1月~副院長)
受講した研修・セミナー
  • Postgraduate Education Course修了
  • CE seminar Basic Course修了
  • Dr.Tsukuda Periodontology  Course修了
  • TheJapanlnstituteforAdvancedDentalStudies (JIADS) 補綴コース 修了
治療のモットー
  • 患者さまにとって最良の治療をすること
  • 患者さまときちんとコミュニケーションを取ること
  • 患者さまにきちんと説明すること
歯科医師になった理由
  • 人の役に立つ仕事をしたかったから
  • 患者さまの健康に貢献できる仕事をしたかったから
  • 生まれた環境が、おじいさんおばあさんに囲まれた環境で育ったため、ご老人にとっての幸せが何かと考えたときに、美味しくご飯が食べられることであると感じたため
  • 歯科医師という職業にやりがいを感じたから
休日の過ごし方

普段一緒にいる時間が少ないので、家にいる時間は思いっきり子供と遊びます!

趣味

読書、ウォーキング、息子と城巡り!

院長 太田 彰の半生

誕生〜幼少期

岡崎市のとある太田家の長男坊として生を受けました。長い間、子宝に恵まれず、諦めかけたその時にできたそうです。 ありがたいことに祖父祖母、両親、そして近所に住むいとこの兄ちゃんたちに可愛がられて育ちました。幼少期は、本当にやることが遅く、のんびり屋さんで周りをやきもきさせるような人間でしたが、5歳年下の妹が誕生すると、少し兄貴らしい振る舞いを見せるようになったとかならなかったとか。

とにかく、周りにいる人々に恵まれたなという思いは今でも持っています。

小学校〜中学校時代

非常にのんびり屋さんであった僕のことを心配してか、母は色々な習い事をさせてくれました。ピアノ、少林寺拳法、そろばん、水泳、体操教室・・・なかなかあれやこれやと連れて行くのは大変であったろうとは思います。初めはイヤイヤ行っていた習い事も、内容というよりは一緒に通う友達と色々なことにチャレンジして行くのが楽しくて、そこでであう年の違う子であったりとか、違う小学校の子であったりとか、色々なことを話して、ああ、そういう考え方もあるな〜とか本当に色々なことを吸収することができたのを覚えています。

人と関わりあうことが好きになったのはこの体験があったからだと思っています。

小学校時代、人に自慢できることとして1つあげられるのは、1日も学校を休まず、皆勤賞をいただいたことです。

中学校からバレーボールに打ち込み色々な友達ができました。今でも会って話せるいい奴らばかりです!

高校時代

高校に進学し、色々な友人ができました。母校の一番いいところは、何事も全力で努力して、全力で楽しもうというスピリッツが生徒全員に行き渡っているとことであると思います。体育大会も、文化祭も、そして部活も、学級活動もすべてが全力であった気がします。高校の友人たちの思考の仕方は本当に十人十色で、パーソナリティーに富んだ人に多く会い、そして人生の展望に対するアプローチの違いから学んだり、吸収することの多い時期であったと思います。

人生を考え、友人と議論をした高校二年生の夏に、<医療の道に進もう。自分は人と接し、そして人と向き合い社会貢献できる仕事は医の道だ!>と決意を固めたことを覚えています。

高校時代の友人も各方面で全力で成長しているので、時々会食をして今でも刺激を受け、そして今でも学ばせてもらっています!

大学時代

学部を選んで行くにあたり、何が一番自分にとって大切であったのかを考えました。両親が共働きであったことも手伝い、同居する祖父母にも育ててもらった分、僕はおじいちゃんおばあちゃんに対する愛情を強く持っていました。高齢者の幸せってなんだろう?と考えました。

結論、それは大切な人と色々なところに行って、そして美味しいものを美味しく食べ、笑い合うことであると考えました。<噛む>というキーワードから、よし、自分は歯医者になるべきだ!と考えたのです。

そして広島大学歯学部歯学科に進学し、6年間を過ごしました。広島大学は非常に面白いことに、建物にも現れているように、全てのキャンパスに校壁がありません。<全てオープンに受け入れる>というスタンスの大学でした。

全国各地から色々な人が集まり、その中で、全ての人の価値観を受け入れてしまうその校風が本当に大好きでした。

在籍した歯学部バレー部でもそのようなスタンスで、頼もしい先輩と可愛い後輩たちに囲まれ、全力でバレーをし、熱く熱く語らい、時には意見をぶつけ時には涙し、笑い、全ての思いを共有していく。そんな充実した6年間であり、勉強もバレーも、そして交流も全てのことをやりきった大学生活でした。

研修医時代

大学時代慣れ親しんだ大好きな広島を離れ、地元愛知へ!

またここでも、素敵な出会い、メンターとの出会いがありました。

豊田市にあるトヨタ記念病院の歯科研修医として2年間過ごしました。同期は僕以外全員医師であり、本当に思考の高さ、診断に関するアプローチの決定的な違い。そしてその覚悟と責任に対する向き合い方。本当に色々なものを学びました。内科、外科、麻酔科、眼科など各科の部長先生から医員の先生まで、僕の素朴な疑問を丁寧に答えてくださったり、学びたいという気持ちに寄り添い付き合ってくださり、その温かさに励まされながら学べました。それが今でも役立っていたり、わからないことがあったら、今でも他科の先生方に質問し、お世話になっています。

二年目からは口腔外科専属でお世話になりました。頼りになる先輩としっかり者の愛すべき後輩と二人三脚で成長できました。まだまだ手が動かない僕に考え方と手術とはを教えてくださった先生方、特に梅村先生(現、大垣市民病院口腔外科部長)との出会いは本当にありがたいものでした。

 

トヨタ記念病院は本当に温かい素晴らしい病院でした。

広島大学病院時代(大学院時代)

研修医中に自分のライフワークとなっていた、顎の骨のことをもっと知りたいと思って、悩んでいた矢先に、僕の第二口腔外科の教授 鎌田伸之先生から一緒に研究をしてみないかとお誘いをいただき。一念発起で、再度広島大学へ!

広島大学大学院に顎骨の研究をすべく、入学し、口腔外科医として病院で働きながら、研究をするといった4年間を過ごしました。働きながらの研究は昼夜なく、広島にくると決めた時に、同時に結婚も決めていたので、妻には本当に迷惑をかけましたが、妻の支えもあり。顎骨に関する材料学の研究で博士号を取得することもできました。本当に教授、准教授、妻には感謝しています。

また、そんな生活の中で、色々な症例、色々な手術もさせていただくことで、見識も深めることができ、口腔外科認定医を取得することもできました。

突然の転機〜開院へ

大学院も終わり、さあ今から口腔外科の道をそして大学でもっと色々な材料の開発や研究をして行くぞといった矢先に恩師である鎌田教授が亡くなりました。そこに追い討ちをかけるように、父の末期ガンが見つかりました。

本当に頭が真っ白になりました。今までには想像もしなかったことが次々に起き、どうしていいのかもわからなくなりました。

今後の人生を考える機会になりました。自分はどう生きるべきなのか?太田家の長男として何ができるのか?色々考えたすえ、地元に帰るという選択をしました。

口腔外科を続けて行くということで、色々なお誘いをいただきました。本当にありがたいことでした。ただ自分の中で、また原点に立ち返り、色々なアプローチで、歯科医としてできることがあるのではないか?と思い。色々さすらい、たくさんの歯科医院を見学に行きました。病院のしかも口腔外科の専門家として生きてきた自分にとって、歯科医院というのは全てが新鮮でした。

アプローチの仕方、考え方も医院ごとに全然違い、その責任に対する覚悟も医院によって違いました。

そんな中で、歯周病というものにフォーカスをあて、愚直なまでに真面目に追求していこうという医院がありました。それがつゆくさ歯科医院でした。

自分にとって考える歯科医療のあり方がここにはありました。そして4年間お世話になりました。

スタッフにも、もちろん院長にも、後輩にも今までとは違う形ですごく色々なものを吸収させてもらいました。本当にここを選んでよかったと思います。

そして歯科医になって十数年、自分の中での社会貢献の形が定まったため、それを形にし、地域住民の皆様に貢献すべく、せきれい歯科クリニックをスタートさせるにいたりました。